「フィサリスの三肢がない日常」

 ※本編の「蒸気装甲戦線」とはまた一味違った
  この作者様独自の構成の作品となります。

じれったいな、とフィサリスは思った。
何せ今の彼女は蒸気義肢で作られた右足、左足が半分以上が粉々に壊れていて、
同じく蒸気義肢で作られた右腕は肩から下が全くない状態、
つまり左腕しかまともに動かせず、身動きができない状態だからである。
元々じっと一か所にとどまる事が苦手なフィサリスにとってそれは苦痛であった。
髪もいつもの物ではなくロングヘア―になってしまっていた。
おまけに目の前には自分が倒した蒸気鎧とそれの持ち主のギャングが一人。
そして蒸気鎧の胸に深々と突き刺さっているのは自分の右腕であった。

事の次第は数分前のことである。
指名手配の蒸気義肢を使ったギャングを彼の部屋まで追い詰めていたところで
罠にかかってしまった。紐を見落として足を引っかけてしまったところを
紐に連動した固定式の銃座に右手と両足を徹甲弾で打ち抜かれてしまったのである。
正確には、足のフレームではあるが人間にとって脛骨・腓骨ともいうべきそこを 
打ち抜かれたことによってフィサリスは糸が切れた操り人形のように床に座ってしまったのだ。
衝撃で髪も二つにしていたものから止め物が外れて、ロングヘア―になってしまった。
ギャングは得意げな表情をしたあと、部屋に合った蒸気鎧を着ようとしていた。
そう、ギャングは最初からここに自分をおびきよせるのが狙いだったのだ。
そのことに気が付かなかったフィサリスは自分の迂闊さを呪った。

ギャングが蒸気鎧を着てフィサリスの義足を踏み潰した。
義足が破片となって飛び散り、ちぎれたケーブルから蒸気が噴出している。
右手で抵抗しようにも生身でいう上腕骨の部分のフレームがお釈迦になっている、蒸気義肢の両足が壊れてしまったからいつもの力の半分も出せない。
ギャングがフィサリスの首を締めあげた。
そして、フィサリスの所属する警察のことについて吐かせようとした。ついでに人質にするとも言った。
自分には物資も資金も弾丸も人手が足りない、だからおまえにも手を貸してもらう と。
「じゃあ、喜んで手を貸すわ」
そういうとフィサリスは蒸気鎧に自分の右手を向けた後、蒸気タンクの蒸気を最大限に挙げた。
そうすると、右手は蒸気鎧の胸の部分に刺さった後、そのまま15M以上、部屋の壁を突き抜けて地面に転がった。
所謂、ロケットパンチというものである。むろん『理論上』蒸気義肢では手でも足でもこういった戦い方はできる。だがいざやった後、義肢が取れたことによるリスク、そして回収の手間を考えるとやるものは皆無といったところである。

「痛ぁ~。」
フィサリスは自分の右腕の痛みに耐えていた。
もともと蒸気義肢とある程度神経もつながっていて衝撃を加えられると生身の骨ほどではないにしろ
ある程度は痛いのである。
それを無理やり外した上に蒸気を最大限に使ったものだからそのツケは彼女自身にかかってきた。
半日以内には少なくとも部隊のものが来て救助してくれるだろう。
だが、自分の姿は腕が骨でいうなら上腕骨の半分から下がなく、
足のほうはもはや全壊に近い半壊というべき状況だ。
整備班の悲鳴が容易に想像できる。ただでさえ、蒸気義肢を酷使している自分だ。
そして部隊のみんなにも不安がらせてしまうだろう。以前、右足をお釈迦にした時のように。
あの時は雰囲気を和らげるため冗談を言ったもののあまり効果はなかった。
そう考えるとフィサリスは申し訳が立たない思いと同時に憂鬱な気分になった。
「せめてヴィーか『先輩』が来てくれたらなぁ…。『先輩』、え~と四肢蒸気義肢のあの人、巨乳で髪はロングヘア―で蒸気義肢は私より旧式の……やっば、名前ド忘れしちゃった。」
彼女たちならいつものことだと軽く流してくれるだろう、とフィサリスは思った。

フィサリスはふと自分の左腕を上げてみる。
それは自分に一つだけ残された健常な肢体である。
だからこそ大切にしているし、これからもしたいと思っている。
だが、もしこれから左腕も失う事態になったら……
フィサリスは一瞬そう思った後、そんな不安を振り払うように左手をぶんぶん振った。
ヴィーや『先輩』も腕がなくても頑張っているんだ。
自分が不安になってどうするんだ。むしろ支えてやらなきゃ。
フィサリスは深呼吸しながらそう考えた。そして部隊のものが来る3時間もの間、
フィサリスは今回の罠にはまった反省点を踏まえてそれに対応した
戦法、そしてあらたな蒸気義肢の武装の案を考えていた。





 ※ssから描かせて頂いたイメージイラストとなります。
その後隊員に助けられたフィサリスな状況。

<戻る>